キャリアデザインのすすめ

仕事とライフスタイルに悩む弟妹達へ。人生は自分でデザインしよう。

書評:『嘔吐』『糸杉』 中村文則著 ~サルトル『嘔吐』との比較

中村文則さんの書評がつづきます。

 

河出書房新社の『A』を読みました。

これは短編集で複数の作品から構成されています。

 

 

 

 

A (河出文庫) [ 中村 文則 ]

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☆中村文則さんについて (昨日と同じ記載です)

 

1977年生まれ。

2002年25歳、『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。

若くして文壇に登場し、ずっと活躍し続けておられる作家さんです。

 

ドストエフスキー、カフカ、カミュに影響をうけたそうですが、この方サルトルやマラルメあたりもかなり読み込んでいる気がします。

『掏摸(すり)』では大江健三郎賞を受賞。

これなんかはジャン・ジュネの『泥棒日記』を連想させます。

不条理の哲学ともいわれる、カミュやサルトルの空気をまとった小説群に興味がひかれます。

 

現在40歳、作家としてはまだお若くてびっくりです。そして多産なのも驚き。

交友関係も幅広く、芸人で作家の又吉直樹さんや俳優の綾野剛さん、音楽家など他分野に友人を持つ社交的な一面もあるそうです。

 

☆ 『A』に収録されている短編のタイトル

 

 

『糸杉』

『嘔吐』

『三つの車両』

『セールス・マン』

『体操座り』

『妖怪の村』

『三つのボール』

『蛇』

『信者たち』

『晩餐は続く』

『A』

『B』

『二年前のこと』

 

 ※これらのうち『A』と『B』は関連があり、戦時中のお話しです。

 

☆『糸杉』と『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』

 

ゴッホの有名な絵画作品『糸杉』がテーマとなった短編です。

主人公が絵を見ながら感じる不安定さの描写を読んだとき、真っ先の思い出したのが、

デイヴィッド・マレルの『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』です。

この二つの作品には共通した不安定感が描かれています。

 

そして、私自身も一時期、ゴッホの絵をみると類似した不安感を持つことがありました。

それゆえ、パリ在住時代も今もオルセーにはほとんどいきません。

ルーブルは年間パスポートを持って200回以上通っているのに、です。

 

しかし先日東京上野のゴッホ展を訪れ、すでに私はこの時期をやりすごせたのだという安堵と、もう一つ表現が難しい感情を体験しました。私の中のある一つのものが終焉した証拠でもありました。

 

主人公は、このゴッホが陥ったもの、とらわれたものにどっぷりとつかりこんでいます。視覚からこれだけの情報が体中をかけめぐるというのは不思議な気がしますが、非常にリアリティを感じる描写でした。

 

『オレンジは苦悩、ブルーは狂気』の主人公が追っている友人マイヤーズが、『糸杉』の主人公に重なります。行動の終末は異なりますが、陥ったものは同じなのかもしれません。

秀逸な短編でした。くしくも、ゴッホ展鑑賞から数日後に読みましたし、

さらに言えば、ゴッホの映画を見る前でちょうどよかったと思います。

 

☆『嘔吐』はサルトルの影響をうけているか

 

そして『嘔吐』。

『A』を選んだのは、まず何よりもこのタイトルに惹かれたから。

あと装丁の美しさも選んだ理由の一つですが。

 

サルトルの『嘔吐』は私が10代の頃から繰り返し読んでいる作品です。

この実存のテーマからハイデッガーへといつも駆け上るのですが、何度も挑戦する山のように、完全登頂できずにこんなに年を取ってしまいました。

 

中村文則氏はカミュを愛読しておられるようですし、もちろんサルトルの『嘔吐』を読んでいるはずです。

主人公の吐き出す白いものは、まさにロカンタンが公園のベンチに腰掛けながらマロニエの根をみて気づいてしまった「le trop」そのものです。

 

サルトル『嘔吐』の日本語訳を読むと、ロカンタンの状況が客観的に明快なのですが、原書フランス語で読むと、ロカンタンの思考に靄がかかったような曖昧さを感じる部分がいくつかあります。

その雰囲気が、中村文則『嘔吐』の随所に顔をだし、全く異なる物語の中に同じ色彩のなかにいる感覚を覚えました。

 

中村『嘔吐』に惹かれた方は、ぜひサルトル『嘔吐』をご一読ください。

白井浩二訳よりも、秀逸な最新版・鈴木道彦訳がだんぜんおすすめです。

 

 

☆ 不条理小説

 

ネタバレが嫌なので、上記2作あいまいなことしか書けませんが、

二つとも不条理小説というカテゴリーです。

というか、ネタバレしようがない物語なのですが…。

 

不条理とは倦怠に少し似ているようで全く異質のものですが、

それでも倦怠のとらわれていく様は、不条理にとらわれていく様子と酷似しています。

 

フランス語にセ・ラ・ヴィー(それが人生)という表現がありますが、

これは「人生は不条理に満ちている。だから仕方ない。」というあきらめの観を多分に含んでいます。

 

カミュの『異邦人』しかり、フランス文学・映画・舞台にはこの不条理さを描いたものが非常に多く、我々に思考を促す種があちこちにまかれています。

 

短い作品ばかりですが、1つ読むことで様々な施策にふけることができるでしょう。

しばらくの間、いくつかの美術展でゴッホ作品が連続して日本を訪れます。

ぜひ、『糸杉』を読んで、美術展にでかけてみてはいかがでしょうか。

でも、主人公の真似をしてはいけませんよ、決して。